はじめに


 大和の国・奈良県桜井市の三輪山は、標高四六七メートルの秀麗な姿の山です。山自体が大物主神をまつる大神神社のご神体とされ、近年まで入山が禁じられていました。
七二〇年に編纂された『日本書紀』によれば、三輪山にこの神がまつられたのは、はるか昔、神話の時代のことです。
一方、考古学遺物からもその信仰の始まりはきわめて古いとみられ、麓に存在する纒向遺跡との関連性も考えられています。



三輪山と大神神社大鳥居

 近年、この纒向遺跡内にあるホケノ山古墳・箸墓古墳が三世紀代の築造であるとみられるようになり、前方後円墳築造開始の時期や、邪馬台国の女王卑弥呼の墓との関連性も注目されています。


ホケノ山古墳発掘の新聞記事


 箸墓古墳については、『日本書紀』にその築造物語が載せられており、壬申の乱(六七二年)の記事にも、激戦地のひとつとしてその名前が出てきます。
 卑弥呼の生きていた時代から『日本書紀』の編纂された万葉時代までには、四〇〇年もの「時」が流れています。しかし、口承の時代に生きていた万葉人にとって、数百年の「時」は私たちが思う以上に短い時間だったのかも知れません。
 万葉人たちは、三輪山に何を見ていたのでしょうか。そして、現代に生きる私たちは、何を見ることができるのでしょうか。
三輪山を通して、神話の時代から現代までを、一緒に幻視しながら歩いてみましょう。

◆原風景としての「三輪山」

 日本書紀の歌謡には、「やまとなす 大物主」(崇神紀)という表現が見られます。
 三輪山の祭神大物主神がヤマトを作ったという意味ですが、この「ヤマト」は「日本国」ではなく、「大和国」を指しています。
 出雲国出雲郡出雲郷・駿河国駿河郡駿河郷・土佐国土佐郡土佐郷など、日本各地には、その国名のもととなった「郷名」が存在しています。三輪山の付近にあった「ヤマト郷」が、「大和国」のもととなったのでしょう。
 「大和」が「ヤマト王権」発祥の地であるとすれば、三輪山の地こそが日本の原風景であるということもできるのです。
 日本書紀に記された神話によれば、大物主神は日本列島を造った大己貴命の幸魂・奇魂とされています。
 三輪山に大物主神がまつられていることは、けっして偶然ではないのです。

◆三輪山の神


 「日本書紀」

 『日本書紀』巻第一「神代 上」に次のような話があります。

大己貴神が独りで国作りを終えて出雲国に着き、「私とともに天下を治める者はいるだろうか」と思っていると、海が光で照らされて、何者かが突然浮かんでくる。そして、「私がいたからこそあなたはこの国を平定できたのだ」と言うので、「お前は誰だ」と大己貴神が問うと、
   「私は、お前の幸魂・奇魂である」
と答える。それを聞いた大己貴神は納得し、どこに住みたいかと問うと、
   「日本国の三諸山に住みたい」
と答えたので、そこに宮を作り住まわせた。これが現在の大三輪の神である。

この話の存在によって、『日本書紀』ができた時には、三輪山の神が大己貴神の分身として認識されていたことがわかります。

◆天皇霊

「寛文九年版日本書紀」

 『日本書紀』巻第二十「敏達天皇」十年に次のような不思議な記事が見えます。

是に綾糟ら、懼然恐懼りて、すなはち泊瀬の中流に下りゐて、三諸岳に面ひて、水をすすりて盟ひて曰さく、
「臣ら蝦夷、今より以後、子子孫孫、清明心を用ちて、天闕に事へ奉らむ。臣ら、もし盟に違はば、天地の諸神と天皇の霊、臣が種を絶滅えむ」とまをす。

辺境を侵した蝦夷の首領者綾糟などを召して、泊瀬川(三輪川)の水に禊ぎをさせて、永久に反逆の心のないことを誓わせたというのです。服従の誓いを破ったら、天皇が滅ぼすのではなく、「天皇霊」が子孫を根こそぎにするというのです。その「天皇霊」の所在する地が三輪山なのです。


◆魏志倭人伝

その国、本また男子を以て王となし、とどまること七、八十年。倭国乱れ、相攻伐すること歴年、すなわち共に一女子を立てて王となす。名づけて卑弥呼という。鬼道につかえ、能く衆を惑わす。年すでに長大なるも、夫婿なく、男弟あり、たすけて国を治む。王となりしより以来、見るある者少なく、婢千人を以て自ら侍せしむ。ただ男子一人あり、飲食を給し、辞を伝え居処に出入す。宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人あり、兵を持して守衛す。
     …中略…
  その年十二月、詔書して倭の女王に報じていわく、「親魏倭王卑弥呼に制詔す。帯方の太守劉夏、使を遣わし汝の大夫難升米・次使都市牛利を送り、汝献ずる所の男生口四人・女生口六人・班布二匹二丈を奉り以て到る。汝がある所はるかに遠きも、すなわち使を遣わして貢献す。これ汝の忠孝、我れはなはだ汝を哀れむ。今、汝を以て親魏倭王となし、金印紫綬を仮し、装封して帯方の太守に付し仮授せしむ。…後略…




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